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城下町 飯田の風景 「愛宕坂」周辺
両側に石垣が積まれ「 愛宕坂頭の木戸跡 」(冠木門)がありました
飯田城下町から、段丘崖を下りる愛宕坂への出口です
左手石段の奥に、あの懐かしい味のオムライス、「キッチンニューアライ」はあります
この道は、松川下橋(城下橋・黒橋)を渡り、
鼎、松尾を通って、遠州街道や秋葉街道へ通ずるため、
「 庚 申 」 「 水 神 」 「 秋 葉 」
人や馬の往来で賑わいました
坂の途中に残る、かつての造り酒屋
すぐ西隣りには、愛宕神社参道入り口があります
見上げる愛宕坂上に、気がつけばお洒落な木造建築を見つけました










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飯田には、いろんな歴史があることは、ちらほら聞いてはいましたが、写真で見ると、凄さが、よく伝わってきます。私も、このブログを見て、飯田の事を、もっと知りたくなりました。
2009 年 9 月 11 日 11:27 PM from ぴっぴ
下伊那の歌人13
十里ある峠の路を荷馬車引き雪降る夕べを飯田市に着く
あたご坂登る途中に餅屋あり十銭買いて馬と分ち食ふ
大沢乙井
大正3年木沢村生まれ、池田壽一らと親交があった。
大平街道を通る荷馬車の記憶がある。幼い頃の数少ない記憶の一つである。その荷馬車が愛宕坂を上り下りするというのはどんな風だろう。私が知る坂は飯田の街から松川まで一気に下る楽しい坂だ。飯田がまだ賑わっていた頃、そこには街から溢れてしがみつくように駄菓子屋、美容院、旅館、飲み屋、籠屋などが建っていた。坂では群れた子供達がケンケンパやゴム飛びをやって遊んでいた。なまこ壁の酒屋の庭先には大きな酒樽が幾つも置かれ、そこから振り向いて見上げる飯田の街は高い塔の上にあるような気がしたものだった。坂は枝分かれして幾つかの脇道ができている。急な坂を登るためには荷馬車用の道とか、登り専用とかに分かれていたのだろうか。最後の登り、馬に頑張ってくれよと餅を分け合う姿が微笑ましさを通り越して痛々しくさえ感じる。分ち会うのは餅だけでなく生活であり、苦労であり、喜びでもある。
今の愛宕坂には私が知る店ほとんどない。建物が取り壊されコンクリートの駐車場に変わったりして、昔の風景の多くが失われてしまった。子供を見かけることもない。そして、愛宕坂が変わったように私たちも変わってしまった。分ち合う餅はあっても、分ち合う相手がいない。
2009 年 10 月 12 日 10:33 AM from 伊那の白梅
伊那の白梅さんへ
久しぶりの投稿をありがとうございました。
いつもながらの短歌に対する深い思いに、感動しております。
次回は、伊那谷の秋の風景をご紹介する予定です。
またのコメントを楽しみにお待ちしております。
2009 年 10 月 27 日 8:47 AM from 堅義理