桜守ガイド堅義理くんの趣味の日記。日本伝統の木造建築の情報も掲載していきます。

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お田植えが済むと、麦秋 (中川村・飯島町)

天龍川右岸、飯沼橋近くに広がる、水田と麦畑

まさに、麦秋ですね

「日本で最も美しい村」中川村の飯沼棚田でも、お田植えがおこなわれました

酒米用の苗で、収穫後は銘酒 「おたまじゃくし」 に生まれ変わります

偶然に、毛虫くんも登場して、応援をしておりました

さて、こちらの二か所は何処でしょうか?




(2010年06月08日 10:27 from 堅義理 )

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下伊那の歌人17

穂麦田をおし渡りくる風すがすがし吹かれつつ思ふ夏の至れるを

                      毛涯 栄 
明治42年河野村生。小学校5年より独学で短歌を始め、農業の傍ら短歌会を主宰した。

 麦秋は新緑と秋が混在する。稲苗が成長して水田の緑色が濃さを増すと、隣合わせた麦の田圃が次第に黄色く色づいていくのである。
 畔道に立って眺めると、延々と続く麦の穂の上を渡って行く風の道筋が見える。その茂みを好んでヒバリが巣を造る。鳴き声を上げながら飛び交うヒバリの姿も麦秋の風景である。ヒバリは一直線に急降下した後、穂先をかすめるように低く飛び巣へ戻る。飛び立つ時も巣から離れた場所を選んで舞い上がる。巣の位置を敵に知られまいとする本能である。しかし、親鳥の慈愛も空しく、雛が巣立つ前に刈り取りが始まってしまう年がある。麦の成長も雛の発育も環境の条件に大きく左右される。刈り取りの手が巣の近くまで及ぶと、親鳥は人間の頭上を舞いながらけたたましく威嚇の声を上げ、時に襲いかかろうとする。不憫とは思っても、人間にも都合がある。収穫を終えた田圃へは水を張り、田植えを急がねばならなかったし、麦は乾燥の後脱穀が待っている。麦は勿論食用にするのだが、米とは収穫時期が異なるため特に重要な意味を持っていた。前年の秋米が不作であったとしても、初夏には麦の収穫が期待できた。人間も食い繋ぎ、家族を守っていかねばならなかったのである。
 子孫のために我が身を守り、子孫のために我が身を賭す。
 麦秋ののどかな風景は生き物たちの、生きることへの執念を思い起こさせてくれる。

2010 年 6 月 13 日 8:38 PM from 伊那の白梅