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梅雨入り目前 大鹿村 「大池湿地」 の草花
日本で最も美しい村 大鹿村の高地湿原 大池に初夏が訪れた
天然に自生している、クリンソウ (九輪草) です
数段にわたってつく花が、寺院の塔の上につく九輪に似ています
花ことば 「少年時代の希望」
マムシグサ(蝮草) 花ことば 「勢力・活力」
ニリンソウ(二輪草) 花ことば 「可愛い一輪」
ズミの花は、梨の花の四分の一ほどで、全体白色中に多種色が混ざっています
幻となった エンレイソウ(延齢草)! シロバナではなく、薄紫色の花です
統合される前の、旧 大河原中学校の校章は、この花でした
村全体が山野草の宝庫ですが、あるがまま、大切にそっとしておきたいですね
帰路、大河原地区にて、
中田さんは、この薪(まき)を焚いて風呂の湯を沸かしています











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下伊那の歌人19
無雑作に丸太をくべて大囲炉裏木口木口に泡を吹きつつ
米久保善雄
一升五合(いっしょうごんごう)じゃ足りないかもしれない。祖母と母は相談して炊く米の量を決めていた。子供の頃は家へ人が集まる機会が頻繁にあった。地域の慣わしとして、持ち回りで各家が主催する宴のようなものまであったように記憶している。人々が集まる時の役割分担は決まっていて、米を磨ぎ竃(かまど)で飯を炊くのは祖母の仕事であった。常日頃、祖母の後ろについて回っていた私であったが、催しがある時は相手にしてもらえなかった。それでも、私は土間の隅に佇んで祖母の仕草を見つめていたように思う。祖母の小さな体の動きは素早く、後姿は溌剌(はつらつ)としていた。竃からは紫色の煙が立ち上り、たちまち木の焼ける匂いが部屋中に立ち込めた。薪の中には生乾きの木が時々紛れ込んでいて、切り小口から音を立てて白い泡を吹き出すのだった。
宴の酒が進むにつれて話声は大きくなり、部屋の中は早くから騒然となった。注いで回る人、途中で座って話し込んでしまう人。話題の多くは妬みや恨み、無責任な噂話であったに違いない。だが、酒宴が世間話を提供し合う場という意味しかなかったのだろうか。何かの席で、偶然隣り合わせた人の言葉に思いがけず深く慰められることがある。そして、何の下心もなく人の役に立ちたいと願うのも人の正直な気持ちである。
私たちには願ってするわけではない付き合いも時には必要なのかも知れない。
偏った単調な付き合いは人を豊かにはしない。
一升五合じゃ足りないかもしれない宴へ出席することが今の私のささやかな願いである。
2010 年 7 月 20 日 7:01 AM from 伊那の白梅