桜守ガイド堅義理くんの趣味の日記。日本伝統の木造建築の情報も掲載していきます。

南信州の自然と風土をこよなく愛する管理人の情報発信日記です
カテゴリ>>仏像のお話

秘仏 「執金剛神立像」奈良東大寺法華堂(三月堂)

国宝 執金剛神立像(しゅこんごうじんりゅうぞう)

金剛杵(こんごうしょ)を執って仏法を守護する神さまです。

眼を瞋(いか)らせ、口を喝と開いて、今にも怒号と共に金剛杵を振り下ろそうとする一瞬が実に見事です。

東大寺の前身寺院である金鍾寺(こんしゅじ)の創建よりも前に、

役行者(えんのぎょうじゃ)が、この尊像を板車に乗せ、荒縄を付けて引っ張り歩いていたとのこと。

(諸説ありますが)

髻(もとどり)の元結(もとゆい)紐の端が決失しているのは、

平将門の乱(940年)の折、この神前で将門誅討の祈祷を行ったところ、

この髻が大蜂となって東方に飛び去り、乱を平定したとの、霊異伝説が残っています。

戒壇院の四天王像と同じく塑像ですが、秘仏であったために、鮮やかなその色彩に惹きつけられます。

毎年一度、開祖良弁(ろうべん)僧正の遷化日(773年)、12月16日に特別開扉

ちょうど、あと七か月後にまたお会いできますね

(2009年05月16日 20:21 from 堅義理 )
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森厳雄偉な迫力 「神護寺薬師如来立像」(京都市高雄)

本物の仏像は生きています。

その精神性を感じとり、撮影し写真として表現する気概は、並大抵ではありません。

京都嵯峨野から周山街道を北山へ、徒歩にて急な坂道を高雄山麓から神護寺へと向かう。

参道から見上げる三門をくぐり、金堂まではいま暫らく。

本堂奥の薄暗い壇上、目の高さがちょうどお薬師如来の足元です。

眼を凝らしてじいっと見入ります。

息が止まり、腹の底から突き上げたものが、脳に溢れます。

ほっとして目頭が熱くなります。

ふっと息が漏れて、力が抜けて、眼尻から真珠がこぼれます。

“森厳雄偉な迫力” まさにその通りです。が、とても柔和なお顔に思えます。

それにしても、土門拳氏の写し撮った仏像の精神は、すごい。

生きている仏像の魂が彼に乗り移っているようです。

土門拳氏の故郷、山形県酒田市をぜひ訪ねてみたいです。

「おしん」の奉公先も酒田でしたね。

2009年は、生誕100年となります。

(2008年05月28日 19:49 from 堅義理 )
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30年来の恋人、 「九面観音」さんです。 (法隆寺)

本物の仏像はみな 生きています 。

小学生だった頃から、最初にお会いしたその瞬間に魅入られてしまった仏像が、何体もあります。

人生のその時々に、またお会いし、こころでお話しをします。

なかでも、法隆寺の九面観音さんは、私の憧憬です。

この像は、頭上面以外は耳飾り・胸飾り・瓔珞(ようらく)などの装身具、天衣、右手に執る数珠や左手に捧げ持つ水瓶を含めて足下の蓮華までの、すべてを白檀の一木から彫り出している。各部分はあくまで細緻に丹念にに彫られ、白檀像の特性をいかんなく発揮している。鼻筋が通り、瞳の奥に強い意志を秘めた若々しい表情は、中国初唐から盛唐にかかる頃の石彫作品と似たところがあり、その制作時期をほぼ七世紀後半ととらえることができる。

中国から請来された檀像の代表的作品です。  像高 37.6cm。 国宝。

(2008年05月23日 21:38 from 堅義理 )
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「菩薩」と慕われる奈良時代の僧、行基さま

近鉄奈良駅の脇、噴水の中央に立つ行基菩薩の銅像です。

1300年を経た現在の衆生をも、慈悲深く見守っていてくださいます。

和泉の人。 俗姓は高志氏。 668年~749年。

諸国を巡遊し、池堤設置・寺院建立・道路開拓・橋梁架設を行ったが、僧尼令に反するとして禁止された。

のちに聖武天皇の帰依をうけて大仏造営に携わり、大僧正位を授けられました。

鎮護国家のための仏教から、庶民のための仏教を布教し初めて実践された方です。

奈良市民をはじめ、この像にお参りする人の姿は、毎日絶えることがありません。

背景の「リニア中央エクスプレス」・・・・・ 行基さまは如何に?

 

(2008年05月20日 21:31 from 堅義理 )
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私が、私と、向き合う。 「廣目天」 東大寺戒壇院四天王像

私が、いつでも己の こころ と すがた をさらけ出して、お話しする仏像です。

お顔とお姿は、その時々の自分の心情で全く違って観えます。

今日はどこか冷ややかで、少し突き放されて、間をとっていられるようです。

足蹴にされている邪鬼の顔、でかい鼻の穴と裂けた口にめいっぱいの歯。

1200年以上にも亘り、その時代の庶民の煩悩を見続け、対話し、諭してきたのです。

早朝40分ほど、ほかの参拝者が誰もいない堂内で向い合っているうちに、こころが楽になって、頬が弛んできました。

ありがとうございました。また、お話しにまいります。

因みに、堂内中央にある立派な造りの多宝塔には、地元飯田市の旭松食品謹製の、「こうや豆腐」がいつもお供えしてあります。

また戒壇院参道には、写真家 故 入江泰吉氏の旧宅もあります。

(2008年05月17日 15:15 from 堅義理 )