桜守ガイド堅義理くんの趣味の日記。日本伝統の木造建築の情報も掲載していきます。

南信州の自然と風土をこよなく愛する管理人の情報発信日記です
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『名倉談義』 から55年を経た 「万歳峠」(奥三河設楽町)

民俗学者 宮本常一 氏の名著  『忘れられた日本人』 中の 『名倉談義』

昭和31年に、地元の年寄たちにより語られる、「万歳峠」とは

「万歳峠というのはな、村の者が兵隊を見送っていくのに、峠の上までいって万歳をとなえたのではまことに愛想がない。皆さん行って来ますいうて、峠をおりたのではすぐ姿が見えなくなる。そこで峠の上から六、七丁もこちらへ下った市場口の北のはずれで見送ることにした。

そこで万歳をとなえる。行くものはそれからあるきながら手をふる。こちらも立って手をふる。道が曲がって姿が見えんようになるまで、しばらくは時間もかかる。まァ、名残りをおしむというようなわけで。日露戦争のときも、日独戦争のときも、今度の戦争のときも、入営兵士のあるときは、みんなそこで送ったもんです。村を出ていくのにもおもむきのあったもんです。」

「それでもやっぱり車のとおる道のできたのはよかった。もとは細い谷の延坂(のべざか)の上まで上がって来たもんだった。あの道ができて間もなく日清戦争がはじまって・・・・・。」 「そうそう、あれから万歳峠になった。」

『名倉談義』の座談会場となった、大蔵寺(だいぞうじ)のお大黒さんのお話しで

「万歳峠」を地元では、「ばんぜえとうげ」 と呼んでいたことがわかりました

当時の名倉村で、宮本常一氏の現地調査を世話して下さったのが

「大へんな郷土史の百姓学者がいて、村人から尊敬されている」 澤田久夫氏でした

澤田久夫氏は、自分の息子と娘へ、素晴らしい手作りの絵本を残されました

「ラムノシタワ」 「ラムノクボ」 とは、 「私の村、僕の村」 です

(2011年06月14日 16:44 from 堅義理 )
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新緑中の紅一点「九輪草」(美しい中川村・桑原地区)

四徳川沿い桑原に、天然自生している 「クリンソウ

山藤の素朴な薄紫色にも、こころが和みます   が ・・・

あの伊那谷を襲った集中豪雨 「三六災害」 から50年

昭和36年6月27日には、一日にして6月の月間平均雨量を超え

土砂災害は大惨事となり、ここ四徳、桑原、滝沢地区は全壊滅してしまいました

その時、唯一残ったのが、こちらのお宅でした

今年は、何故か 「蝮草」 が多く咲いています

(2011年05月23日 17:01 from 堅義理 )
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櫻井棟梁の写真が「東京財団英語サイト」にアップされました

政策をつくる 人を育てる 社会を変える 『 東京財団 』

英語サイトには、日本の社会や文化を海外の人に知ってもらうため

さまざまな記事が掲載されています

The Great Handicraft Extinction (2)

塩野米松氏の執筆された 『手仕事と共になくなったもの』 『消えた徒弟制度』 の

英訳記事中に、宮大工 櫻井三也棟梁の技による、

[ 槍鉋 ] と [ 龍の彫りもの ] が写真で紹介されました

不思議なご縁で、本物を希求する方々に巡り合えました

ありがとうございます 心より、感謝申し上げます

(2011年05月18日 16:30 from 堅義理 )
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「日本で最も美しい村」 大鹿村の春

大鹿歌舞伎 2011春の定期公演より

「傾城阿波鳴門 どんどろ大師の段」 お鶴(松浦まど香さん)の祈り

「六千両後日之文章 重忠館の段」 六代御前(塩澤杏奈さん)の祈り

無事に上演が終わり、竹本登太夫が御礼の口上

こちらは、「信濃宮春の例大祭」

「大池」の遊歩道は、自然倒木を乗り越えてお邪魔します

鳥倉林道の車止め場所から、小河内岳を眺望

「キトド(桂)の森」では、『わっはっはー わっはっはー わっはっはー』 と

桂の大木に触れながら、大きく邪気を吐き出し、木魂の生気を体深く取り込みます

いつも、大鹿村の至る所で、生き物の生気を甦らせる不思議な力を感じます

(2011年05月06日 17:28 from 堅義理 )
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天変地異の今春 「祈りの桜」

「 孤高古木桜 」 高鳥谷山を背景にして

祠を覆う、東伊那の枝垂れ桜

「 吉瀬神社 」

「 大草城址公園の桜 」 から垣間見える 陣馬形山

陣馬形山麓 花々の彩(いろどり)

「 氏乗の枝垂れ桜 」 と 同志達

(2011年04月23日 11:50 from 堅義理 )